【海外旅行メキシコ編:世界遺産】メキシコの歴史が分かる!マヤ文明の遺跡巡り

皆さん、こんばんわ!Kazです。

今回はメキシコの文明が分かる遺跡についてシェアと思います。

 

■ メキシコで栄えた文明

自分が訪れたユカタン半島の北部はマヤ文明が栄えた地域の一つであり、800年頃から繁栄期に入り、チチェン・イッツァウシュマル、マヤパンなどの都市が栄えたと言われています(ウィキペディア参照)。

遺跡としては、チチェン・イッツァトゥルム遺跡、コバ遺跡が有名かと思いますが、この内チチェン・イッツァトゥルム遺跡に行きましたので、今回紹介します。

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また、メキシコの文明として他に有名なもので、テオティワカン文明があります。現在でもその当時の最大規模の都市の遺跡としてテオティワカン遺跡がありますが、今回の旅行では訪れることはできませんでした。

次回メキシコを訪れる機会があれば、絶対に行きたいですね。

皆さんにマヤ文明が少しでも伝われば幸いです。

 

■ チチェン・イッツァってどんなところ?

チチェン・イッツァは、メキシコのマヤ文明の遺跡の1つ。

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マヤ語でチチェンは「泉のほとり」、イッツァは「魔術師」を意味し、マヤの「生贄文化」を象徴する遺跡です。

1988年にユネスコに認められ世界遺産となり、自分が行った時も多くの人が訪れていました。

ちょうどユカタン半島のど真ん中に位置しています。

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カンクンやプラヤデルカルメンから、ツアーを申し込めます。

道を歩いているとツアーの紹介で声をかけられることが多かったですが、必ずどのショップにもチチェン・イッツァのツアーは組まれているので事前予約等は不要です。

カンクンから向かいましたが、到着まではバスで約3時間程度だったと思います。途中でお土産屋へ寄ったり昼食をとることができました。

途中で寄ったお土産屋。

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商品はメキシコ感漂うものばかり。

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いかにもメキシコって感じですよね。

 

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こちらはなんだか分かりますでしょうか?

単なる顔が掘られた壁のように見えますが、ツアーのガイドいわく、マヤの象形文字だそうです。

同じ顔をしているものは同じ文字を表していると推測できますが、まったく同じ顔を彫れることがすごい。

 

マヤ文明を象徴するピラミッド!カスティーヨ!

チチェン・イッツァに到着して目に飛び込んでくるのはこれ。

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これが、チチェン・イッツァでとても有名なピラミッド!カスティーヨと呼ばれ、マヤの最高神であるククルカンを祀っているとされています。

ピラミッドを見るのは今回が人生で初めてでした。天気も良く、とても景色がきれいでしょう?

奥に見えるのは「戦士の神殿」です。

カスティーヨは四方に91段の階段があります。神殿へ昇る1段を含めて365段となり、太陽暦の1年の365日を表しているそう。

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ククルカンと書きましたが、これは羽毛のあるヘビのこと。少し分かりにくいかもしれませんが、写真の右下にいるのがヘビの頭の部分です。

実はこのピラミッドのすごいところは春分秋分に、太陽の位置とピラミッドの角が作り出す陰から、この頭だけのヘビが実際に体を持ち、ピラミッドから出てきているように見えるんです。

これはククルカンの降臨とも言われ、当時の人々の緻密な設計が伺えます。興味がある方はぜひ調べてみて下さい。

 

■ 戦士の神殿

次は戦士の神殿。

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神殿上層の入り口にはチャック・モールが横臥になっているそうです。

チャック・モールは、チャックモールセノーテで紹介しましたが、死んだ戦士を象徴し、生け贄などのお供え物を神へ運ぶ存在と言われています。

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3層の基壇をもつ神殿の周辺を石柱が囲んでいます。このことから「千本柱の神殿」とも呼ばれています。実際に千本あるかどうかは分かりませんが。

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野生のイグアナが至る所にいました。

 

■ 球技場

マヤ文明では、太陽の恵みが得られるように生け贄を差し出したと言われています。生け贄になることは名誉なことで、ボールゲームを行い生け贄になる者を決めていたそうです。

写真を取り損ねたので、ここでは動画のみになります。

www.youtube.com

かなり広かったです。

どんな球技が行われているか気になりますよね。サッカーとバスケットボールを足したような競技のようで、手を使わずにボールをリングに入れた方が勝ち。

ボールは生のゴムが使われ、一本勝負だったそうです。

きっと生け贄になることが名誉とされている文明なので、勝者が生け贄になったんだろうなぁと考えたり。マヤ文明が栄えた時代から使われていた球技場に、現在の自分が立っていることがとても不思議で、いったいどんな試合が行われていたのか、当時のことをしばらく想像していました。

 

次回はトゥルム遺跡について書きたいと思います。

一読いただいた方々ありがとうございました。